これまでのコラムでは、英文契約書で使われる基本的な用語や全体構造について解説してきました。しかし、実際の契約書を前にすると「どこから手をつけて良いのかわからない」と感じることも多いでしょう。英文契約書は和文契約書と異なり、英米法の法体系に基づく独特の表現や条項が多く、解釈を誤ると想定外のリスクを負うことになりかねません。そこで今回は、比較的シンプルで日常的に取り扱うことの多いNon-Disclosure Agreement (NDA)を題材に、英文契約書を読み解くための具体的なアプローチを紹介します。
ステップ3:実際の契約書を読む
1. なぜNDAから始めるべきか
NDAは多くの企業間取引で使用される基本的な契約書であり、その構造や条項は比較的シンプルかつ定型的です。このため、英文契約書の基本構造や条項を理解するための最適な教材となります。NDAに含まれる機密情報の取り扱い方法や情報開示の範囲、違反時の対応などの条項は、他の複雑な契約書にも共通する要素が多いため、NDAを理解することで将来的に高度な契約書にも対応できる力を養うことができます。さらに、NDAは国際的なビジネスシーンで頻繁に使用されるため、英語での契約書を読む際の基礎力を培う絶好の機会となります。
2. NDAを読み解くためのガイド
NDAの内容をしっかりと理解できるようにするためには、契約書を最初から1文字ずつ丁寧に読み進めるだけでなく、以下のアプローチを取ることが重要です。
(1) まず全体を俯瞰して読む
契約書を読み始める際、いきなり細部に目を向けるのではなく、まずは全体の構成を確認しましょう。表題(Title)、前文(Preamble)、定義条項(Definitions)などの構成要素を一通り見渡すことで、契約の目的や背景を理解する助けになります。全体の流れを把握することで、重要な部分に自然と目が行きやすくなり、効率的に読み進めることができます。契約書の全体像を掴むことで、各条項の位置づけや目的が明確になり、内容の理解が深まるでしょう。
次に、契約書の本文部分に進む際も全体像を意識しながら、どの条項がどのように連携しているかを見極めます。このように俯瞰的に読むことで、細かい部分に囚われることなく、全体の文脈を踏まえた理解が可能となります。さらに、契約書全体を通して繰り返し使われるキーワードや表現にも注目し、それらがどのように契約全体の一貫性を保っているかを確認することも重要です。
(2) キーワードにマークを付ける
契約書内で頻繁に使用される重要な用語にハイライトを付けながら読み進めることで、後からの見直しや理解が容易になります。「shall(義務)」、「may(許可)」、「notwithstanding(~にもかかわらず)」、「provided that(ただし)」といった表現は、契約の解釈に大きな影響を与えるため注意が必要です。
これらの用語にマークを付けることで、契約書全体の中で重要な部分が視覚的に把握しやすくなり、理解がスムーズに進むでしょう。例えば、ハイライトペンを使用して紙の契約書に色分けをする方法やWordのハイライト機能やコメント機能を活用してデジタルドキュメントに注釈を加える方法があります。 さらに、これらのキーワードがどのような文脈で使用されているかを分析することで、契約書全体の意図やリスクポイントをより深く理解することができます。
(3) 条項ごとの関係性を考える
NDAの各条項は、相互に密接に関連しています。たとえば、「機密情報の定義(Definition of Confidential Information)」が広範囲に設定されている場合、それに伴う「使用目的(Purpose of Use)」や「例外規定(Exclusions)」も慎重に確認する必要があります。
これらの条項は互いに影響し合っているため、個別に読むだけでなく全体のつながりを意識することで、契約の趣旨をより深く理解できます。関連する条項同士のバランスを見極めることで、不明確な部分やリスクを見つける手助けにもなります。また、条項の関係性を意識することで、契約書全体の整合性や一貫性を確認することができ、見落としや誤解を防ぐことができます。さらに、これらの関連性を把握することで、契約交渉時に有利な立場を取るためのポイントを見つけやすくなるでしょう。
(4) リスク視点で読む
契約書を読む際には、単に条文を理解するだけでなく、自らの側にとっての潜在的なリスクを見極めることが不可欠です。例えば、機密保持義務の期間が過剰に長く設定されている場合や、損害賠償の範囲が広すぎる場合は注意が必要です。リスク視点で契約書を読むためには、過去の類似案件や実務上のトラブル事例を参考にすることも有効です。これにより、どのような条項が将来的に問題を引き起こす可能性があるかを予測しやすくなります。さらに、リスクを洗い出すだけでなく、それに対する対策や修正提案を考える習慣を身につけることで、契約書のレビュー能力が向上します。具体的なリスクシナリオを想定し、それに対する対応策を事前に検討することで、より実践的な契約書対応力を養うことができます。
(5) 条文を自分の言葉で書き換える
英文契約書の条文は、複雑な構文や専門的な表現が多く含まれています。これらをそのまま理解するのは難しいため、自分の言葉で簡単に書き換えることで内容を明確にしましょう。特に長い一文は短く分割し、主語と述語を明確にしながら読み進めることがポイントです。例えば、複数の条件が組み合わさった条文は、それぞれの条件を箇条書きにすることで理解しやすくなります。こうした手法を活用することで、条文全体の構造が見えやすくなり、内容の把握が容易になります。さらに、同様の条文が他の契約書ではどのように記載されているかを比較するのも有効な方法です。これにより、表現の違いやニュアンスの差異を把握し、どのような状況で特定の表現が用いられるのかを理解することができます。この比較を通じて、契約書の解釈力が養われ、異なる契約書に対しても柔軟に対応できる力が身につくでしょう。また、自分の言葉で書き換えることで、契約書の内容がより具体的に頭に入りやすくなり、理解度の向上につながります。
3. 次のステップ:契約書のドラフティング
NDAを繰り返し読み解くことで、各条項の役割に対する理解が徐々に深まります。 一度読んだだけでは見落としがちなポイントや細かなニュアンスにも気づくことができるようになります。次回は、これを踏まえて「契約書を作成する(ドラフティング)」方法について解説します。契約書の作成を通じて、実務で役立つスキルを身につけていきましょう。
次回もお楽しみに!
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